朝の上高地さんぽ
くるりと後ろを向けば焼岳が朝日で光っています。
朝の静かな上高地はいいですね。
さていまはどんな花が咲いているでしょうか。時間は有り余るほどあるので、ゆっくり歩いていきましょう。
河童橋を左岸から右岸に渡り、白樺荘の横を少し岳沢方向に進むと川縁に西穂の稜線と奥穂辺りまでの展望図がありますので、山が良く見えている日は是非行ってみて下さい。
一番最初に現れた花はノコンギクでした。
薄い紫が上品な感じの花です。
河童橋まで戻って、右岸(バスターミナルが無い側)を梓川沿いに進んでみます。
またしても紫の花、ウツボグサです。
ウツボと言えば凶暴な魚のやつを想像してしまいますが、この花のウツボは漢字で空穂。
弓矢の矢を仕舞う武具のことを言います。
花が落ちた後の雰囲気がそれに似ているということで空穂のような草で空穂草です。
またまた紫の花、ソバナです。
蕎麦菜?または杣菜?岨菜?
名前の由来がいくつかある花です。
○○シャジンと似ててよく分からないと言われることが多いですが、林の中や沢沿いにあったら大体ソバナでOK。
優雅にヤマオダマキが咲いています。
本来ヤマオダマキというと紫と黄の花が標準ですが、これはその紫部分が薄い黄色なので全体が黄色に見え、キバナノヤマオダマキとも呼ばれます。
キバナも特別珍しいものではありません。
高山帯(森林限界より上の標高)に行くとこれとよく似る紫色をしたミヤマオダマキが咲きます。
「オダマキ」の由来は、誤用らしいのでまたいつか。
説明が長くなるので。
僕にとって花に興味を持ちはじめた最初の頃に名前を覚えた思い出深い花です。
反魂草。
反魂と言えば反魂丹。江戸時代から知られる胃痛腹痛の薬ですね。
反魂というのは魂を戻す、死者を生き返らせるという意味でつかわれる言葉ですが、そんな薬は未だにありません。
少し表現を変えれば死にそうな痛みから解放される。そのぐらい効き目があるよ、という感じでしょうか。
この反魂草もそのような薬効があるのかも知れませんね。
ヤマアザミのアズマ版。
アズマは東のことで東の方とか関東という意味です。
ちなみにヤマアザミは四国、九州に自生する種となります。
上高地周辺にはこれを含めて4,5種類のアザミがあるようです。
アザミも見分けは難しいですが、地域と環境からアプローチすればある程度は判別し易くなります。
咲きはじめのアザミなんかはハッとするほどキレイですが、キレイな花には刺や毒がありますね。
中国から渡来した生薬である川芎(センキュウ)に似ていて、日光白根山麓で見つかったので白根川芎。
センキュウってなんとなく中国的な響きですよね。
セリ科は苦手で勉強してませんが、これから頑張ります。
しばらく進むと、右手に木道が整備された湿地が出てきました。
林内の道端と湿地では当然咲く花も変わってきます。
アブラガヤなどが繁る湿地にミゾソバが群生していました。
このミゾソバの「ソバ」はそのまんま蕎麦ですね、飢饉の時の救荒食として栽培されていたらしく、小さい蕎麦に似た実をつけます。
ミゾは溝で、溝のような湿った場所に咲くという意味でしょうか。
湿地を抜けるとウェストン園地に到着です。
ここにはカツラの木がたくさん並んでいます。
園地に入ると甘い香りが漂っています。
日もしっかりと上がって暑くなってきました。
この花もヤマとかケとか単にキツネノボタンとか、似ている種類がいくつかあります。
まとめてキツネノボタンでも良さそうですが…。
漢字だとおそらく狐の牡丹なんでしょうが、なにが狐でどこが牡丹なのか。
ちょっとわかりません。
ミズヒキという赤白の花をつける植物がありますが、それに姿が似ていて黄色だからキンミズヒキ。
ミズヒキは水引でご祝儀袋の赤と白のあれです。
古来は紅白だったんでしょうが、今は袋に合わせてピンクでも水色でも何でもありますね。それこそ金とか。
よく見るとなかなか特徴的な姿だったコウモリソウ。
葉っぱの形がそのまんま蝙蝠です。
ウェストン園地のすぐそばにウェストン碑があります。
ウォルター・ウェストンはイギリスの宣教師で、明治から大正にかけて日本に数度来日し日本の山々を登りました。
ロンドンで発行された著書『日本アルプスの登山と探検』を記したことで日本アルプスという言葉が世界中に広まりました。
そして日本山岳会の設立を促し名誉会員第1号となっています。
修行や参拝といった宗教登山ではなく、狩猟や採取という生活の為でもなく、遊び・趣味として登ることを目的に登るいわゆる「近代登山」を日本にもたらした重要な人物です。
『日本アルプスの登山と探検』は現在は岩波文庫から発売されていますので、是非読んでみて下さい。
ウェストン碑から振り向くとこんな景色。
梓川を挟んで、六百山(左)とそこから霞沢岳に続く稜線です。
ウェストン碑から少し先に進むと、上高地ルミエスタホテルと上高地温泉ホテルがあります。
その上高地ルミエスタホテルの前にはシナノナデシコがたくさん咲いていました。
信濃に多いナデシコなので信濃撫子。
撫子は子を撫でる。そんな気持ちにさせられる花という意味。
かわいいとか華憐とかそんな感じでしょうか。
大和撫子も華憐で美しい日本の女性という意味で使われていたようですしね。
山だと他にカワラナデシコやタカネナデシコをよく見ます。
茶室の床の間で使われる花器に「釣舟」というものがあります。
鎖で吊られたボート型の花器なんですが、それに似ていて黄色いので黄釣舟。
見ての通り実際に吊られています。
赤紫のツリフネソウという仲間もいて形はほぼ同じ。
この花に限らずですが、花が風に揺れやすい形をしているのは、密を吸いに来た蜂などの虫が、花にとまると大きく揺れるので慌てて「落ちてたまるか」ともがいてる間にしっかりとその虫に花粉をつけるためだとか。
自然界のものの形には全て意味があると思って接するとだんだんと見る目が変わってきます。
田代橋で折り返してバスターミナルの近くまで戻ってきました。
バスターミナルに隣接してあるのがこの「山に祈る塔」です。
どうしてもバスターミナルに到着して後ろ側(帝国ホテル側)にあるので、なかなか人目につかず見てもらう機会が少ない場所だと思います。
岳人の慰霊碑なんですが、刻まれている尾崎喜八の詩が素晴らしい。
流轉(転)の世界
必滅の人生に
成敗はともあれ
人が傾けて
悔いることなき
その純粋な
愛と意欲の美しさ
碑を後にし、バスターミナルに出ると素晴らしい空と穂高連峰!
登山目的だとどうしても通過点になりがちな上高地。
夜行バスで上高地入りするなら2,3時間ゆっくりしてからでも槍沢ロッジや涸沢までなら全然いけます。
知れば知るほど歴史も木も花も楽しめるこのフィールドをもっとたくさんの人に時間をかけて歩いて、見て欲しいと思っています。
槍や穂高も素晴らしいのですが、時には高山に向かう逸る気持ちを抑えてのんびりと。
今年は特に静かですし、おすすめです。